自分の世界なんだから自由に生きていいことに気づきましょう
は?何いってんだこいつって思ったかもしれませんが、本当にそういうことだと自分は思っています。
自分たちは仮想現実の世界の中を生きている
イーロンマスクは言いました。「人類はコンピューター・シミュレーションの中で生きている」と。
にわかに信じがたいかもしれませんが、自分はこれが本当だと感じています。
別に根拠というのはあげられないのですが、過去の偉人が高度な技術や知識を有していたり、文明の発展に貢献したりしているのは、本当にただその人が天才だっただけなのか。
やはり世の中には解明されてないことがたくさんあるので、それ以外の要因も当然あると思っています。
アカシックレコードについて
アカシックレコードとは、宇宙のすべての出来事や情報が記録された霊的な保管庫のようなものです。誰がつけたネーミングなのかわかりませんが、この世の中が仮想現実だとすると、そういった決まりきっている情報が絶対にどこかにあるはずです。
例えば我々がゲームを作る立場にある時、どうやったら次の冒険に進めるかとか、ボスの弱点はどうするかとか、色々条件を設定すると思います。それは決まりごとのようなもので、ルール化されていますよね。
これを現実世界に置き換えた時にも、そのような決まりごとが存在するはずです。ただ、それをどうやったら取り出せるのかまでは分かっていませんが、一部の人たちは見ることができていたようです。これが宇宙の真理につながっています。
過去の偉人はおそらくそういった情報を頼りにして、研究や発見を次々進めていったのだと自分は思っています。全ての人がそうだとは思っていませんが、少なからずそういった情報を見れる人がいるはずです。
ゲームでもバグがありますよね。バグは想定していないようなことが起こりますよね。よく裏技で使ったりすることもありますね。バグがあれば、そのバグをエンジニアが直します。
では現実世界が仮想現実だとした場合、ゲームを作った人がいるはずです。当然、全て完璧に作ることは不可能ですので、バグが存在します。そのバグが、不思議な力を持った人たちを生み出すことになっていると自分は思っています。
例えば、見えないものが見える人、神様からの声が聞ける人とか色々ありますね。そのひとつに、アカシックレコードが見えることが含まれるわけです。
それでは話を一旦戻しましょう。
ゲームの世界の中にいるということは本当は自分1人だけということ
え?どういうこと?と思うかもしれませんが、実はゲームの中で生きていると仮定した場合、ゲームのプレイヤーがいるわけです。今の自分はそのプレイヤーに操られているわけです。ここまでは想像できると思います。
ということはですよ。周りに見えている景色や人々、モノなどは、そのゲームの中で作られているものに過ぎません。
目の前にAさんがいたとしても、そのAさんはそのゲームの中でのAさんです。実際には存在しません。ここでAさん視点で考えてみましょう。Aさんはコンピュータですよね。つまり、Aさんは誰からも操られていません。ただそのゲームを作るときにどういう行動を取るのかといったことが予めプログラミングされているだけです。主人公の自分がある行動をとった時に、どう動くか指示が書かれているだけです。Aさんには意識はないことになります。
ここから考えられることとして、まずこの地球には自分しか存在していないことが分かるのではないでしょうか。ということはどのように生きようが自由ということが、分かってくると思います。極端にいうと、法律を破るような悪いことをしてもいいわけです(やりたいとは思いませんが)。
他の人はどの世界を生きているのか
ぶっ飛んだ話をしてきましたが、他の人はどうやって生きているのか気になりませんか?
今自分から見えている他の人たちは、コンピュータですよね。ってことは同じ世界に生きていないわけです。
そして誰かがプレイヤーで自分をプレイしている人がいる。それがたくさんいるとしたらどうでしょう。その人数分だけ世界が存在すると思いませんか。
ちょっとパラレルワールド的な考えに近いかもしれません。
つまり、自分以外の世界でも、誰かがプレイヤーとなって他の人をプレイしている人がいる。だから自分が生きている世界とは全く別の世界で誰かが主人公となってゲームがプレイされているということです。
こうして考えると面白くないですか?
よく周りに嫌な人が現れてとか、ついてない出来事が起きたとかあると思いますが、これも実はそのようにプログラミングされているだけなのです。
で、もっと面白いことに主人公の自分は、意志がありますよね。やろうと思えば自分の意志で仕事を辞める選択もできるし、やりたくないことから逃げることもできる。操られているとはいえそこの自由度は大きいです。
ってことはもっと自由に生きれますよね?幸せな生き方をしてもいいし、あえて辛い道を選んで生きてもいいし。選択の仕方は自由です。
そう考えると楽になりませんか?自分は楽になりました。苦労してまで何かをやる必要がないし、何かに無理に挑戦しなくてもいい。ただ淡々と毎日が幸せだと感じて生きていれば、それだけで満足じゃないですか。
そういう世界を生きられていることに感謝しながら、毎日を生きれればそれでいいわけです。
以上です。まあまあぶっ飛んだ話になりましたが、ちょっとでも心が軽くなれば幸いです。